東京高等裁判所 昭和45年(う)2981号 判決 1971年3月24日
被告人 山田時博
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役四月に処する。
但し、裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用中証人田沢小夜子同川島京子同今村幸三に支給した分は被告人の、その余はこれを二分しその一を被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人小川彰および同徳岡一男提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し、記録を精査し、かつ、当審における事実の取調の結果をも参酌して、次のとおり判断する。
弁護人徳岡一男の控訴趣意第一点について。
所論は、原判決には事実の誤認があるというので考えてみるのに、職業安定法にいう労働者の募集とは、労働者を雇用しようとする者が、自ら又は他人をして、労働者となろうとする者に対して、その被用者となるよう勧誘することをいうのであるが(職業安定法五条五項)、ここに被用者となるように勧誘するというのは、未だ被用者となる意思を有しない者に対して被用者となるように勧める場合はもちろん、すでに被用者となる意思を有している者に対して被用者となるように勧める場合をも含むものと解すべきところ、記録によれば、原判決認定の被用者らのなかには、所論の並木、のぶ子、たえ子らを介して原判示の大成観光株式会社の経営するバー、クラブ等の業態や労働条件などにつきすでにある程度情報を得ていて、就職をしてもよいという気持を懐いていた者もあつたことはこれを窺うに難くないところであるけれども、これらの者もそれぞれ原判示の日時・場所において、右会社の代表取締役である被告人もしくは同会社の専務取締役である原審相被告人池田正人に面接し、事業内容や就職の条件等につき説明をきいて勧誘を受けた結果就職の意思決定をしたことが認められるから、原判決が被告人らの所為を職業安定法三六条所定のいわゆる直接募集に当る認定判示したのは正当であつて、事実誤認の疑いは存在しないから、論旨は理由がない(なお、本件では、被告人または前記池田がいずれも直接相手に面接して勧誘しているのであるから、同法三七条の委託募集を問題とする余地のないことは明らかである。)。
同第二点および弁護人小川彰の控訴趣意について。
所論は、原判決の量刑は重きに過ぎて不当であるというので考えてみるのに、被告人は大成観光株式会社の代表取締役として、単独もしくは同会社の専務取締役である原審相被告人池田正人と共謀のうえ、その経営にかかるクラブメトロのホステス等を雇い入れるため、原判示の日時・場所において原判示の多数回にわたり、法定の除外事由がないのに労働大臣の許可を受けないで、富子こと加藤コトミ外一六名に対し前記クラブメトロ等の従業員として稼働するよう勧誘、同女らを右クラブのホステス等として雇い入れてもつて労働者を直接募集したものであつて、その違法行為が責められるべきことはもちろんであるが、現今この種事業の従業員を職業安定所を通じて雇い入れることはきわめて困難である状況であるに加え、この種従業員の異動はきわめてはげしいものがあること所論のとおりであり、記録にあらわれたクラブメトロ等の業態は同種のものに比して特に不健全なものとは認められず、就職の条件も同種のそれに比して特に苛酷なものとは認められないこと、さらに当審における事実の取調の結果によれば、被告人は事件後右会社から手をひき、より健全で生産的な新規事業に専念すべく目下準備を進めている状況であることを窺われることなどを考え合わせると、被告人に原判示の累犯前科その他の前歴があることを考慮しても、原判決の量刑は重きに過ぎて妥当でないと判断されるから、この点の論旨は理由がある。
よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらに次のとおり判決する。
原判決の確定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示の所為は包括して職業安定法三六条、六四条三号(なお、原審相被告人池田正人と共謀にかかるものについては刑法六〇条を適用する。)に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、被告人には原判示の前科があるから刑法五六条一項、五七条を適用して法定の加重をした刑期の範囲内において被告人を懲役四月に処し、前記情状を考慮し同法二五条一項を適用して裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文により主文四項のとおり被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。